最新研究成果:産卵場に集まるアユは流域のどこで育ったのか?

アユが秋の産卵期に川を下ることは,よく知られています.川の中下流部にある産卵場に向かう移動行動です.1年間のサバイバルを乗り切って産卵場に集まってくるアユは,次世代に命をつなぐソースとしてとても重要な存在です.

その,産卵場に集まってきたアユの親魚たちは,いったい流域のどこで育ったのか?これは,アユの適切な保全を図るためにとても重要な情報です.アユの愛好家であれば,それぞれに一家言あるかもしれません.しかし,実のところ,この単純極まる問いの答えは謎のままでした

アユ耳石の短軸断面(薄片標本)

2022年,この謎に迫るために,富山大学の太田民久さん(同位体生態学)の協力を得て,アユの耳石を使った研究をスタートさせました.アユの耳石には,生まれてから死ぬまでに生活してきた水中の水質が,木の年輪のように時系列で記録されています.ここで注目するのは,ストロンチウム安定同位体比(87Sr/86Sr)です.河川水系各所のSr安定同位体比は,主に地質の影響を受けて安定しているため,それと耳石の記録を照合することで,どこで成長していたのか見分けられるというわけです.

長良川で100尾以上のアユを対象に行った分析の結果,少なくとも5パターンの生息場履歴(成長した場所の履歴)が見えてきました.全部お見せできませんが,以下に「上流大移動型」と仮に命名したパターンを1つだけ紹介します.

点線は0.7091,すなわち海水のSr安定同位体比です(世界中で変わらない).グラフの左側が耳石の中心で仔稚魚の時代,右に行くほど時間が経過します.28尾の耳石のSr安定同位体比を実線で示しており,大きく波打っているのが,この28尾の特徴です.生活史初期(グラフ左側),Sr安定同位体比は明らかに海水のそれに一致していることから,彼らは海から遡上してきた天然遡上個体であることがハッキリと分かります.一旦,Sr安定同位体比は0.712付近に上昇しますが,その後0.708~0.710に低下します.この変化と長良川水系各所のSr安定同位体比を照合すると,この28尾は,郡上よりも上流の長良川本川または吉田川で成長した個体だと分かりました.つまり,この28尾は,海から110㎞以上川を遡上して上流域で成長し,60㎞以上川を下って産卵場に集まってきたアユたちだったのです.

これ以外にも,少なくとも4つのパターンが見出されており,総じて,支川を含めた長良川流域のあちこちで成長したアユが産卵場に集まってきていること,また,中上流域の本川が特に重要な成長の場になっていそうであることが分かってきました.