Habitat aging and degradation in terrestrialized floodplains: a need to rejuvenate processes for sustaining freshwater mussel populations
氾濫原におけるハビタットの老化と劣化:淡水生二枚貝の存続プロセスを再生せよ!
Restoration Ecology : 2023

By Nagayama S, Harada M, Negishi JN, Kitamura J, Mori T, Mori S

若くてフレッシュなワンドとは,川が洪水によって地形を変え新しく作り出したワンドのことです.つまり,こうした川が本来持っているダイナミズムに依存して,二枚貝は集団を維持し続けていたのです.しかし現在,川のダイナミズムは失われ,年老いたワンドばかりになり,二枚貝は苦境に立たされています.本論文では,この状況を打開するための戦略である「循環的氾濫原再生」を提示しました.それは,二枚貝だけでなく,河川全体の生物多様性を高めるための戦略でもあるのです!

淡水に棲むイシガイ科二枚貝は,世界中に700~800種おり,そのうち日本には26種ほどが生息しています.二枚貝は天然記念物イタセンパラをはじめとしたタナゴ類の産卵基質であり,自身も絶滅危惧種に指定されるほど希少となっている生物です.二枚貝といえば,アサリやハマグリなど海に暮らす貝を思い浮かべがちですが,昔から平野部の川,水路,池などの淡水域にも広く棲んでいます.しかし今は,一部の農業用の水路やため池,そして大河川の近傍にできたワンドに細々と暮らしています.現在も,その減少に歯止めはかかっていません.本論文の舞台となった木曽川には,タテボシガイ,ササノハガイ,カラスガイ族の複数種が生息しています.

濃尾平野を流れる木曽川下流(河口から約26~41kmの区間)には,150個ほどのワンドが存在します.ワンドは川沿いに形成された池状の水域です(ワンドの詳しい説明はコチラ!).二枚貝やイタセンパラはワンドに生息しているのですが,その割合は二枚貝で約40%,イタセンパラで約16%のワンドにしかいません.しかも,その数値は,1個体でも確認されれば「生息していた」と判断したものですから,繁殖できるくらいにたくさん数がいる健全なワンドは,実際にはもっと少なくなります.

二枚貝にとって良いワンドには2つのケースがあります.1つは,生まれた場所に子供が定着できるケース.これは親も子も生きられる環境のワンドです.もう1つは,生まれたワンドに定着できないけれど,別のワンドに子供をばらまけるケースです.これは,親は生きていられるが,環境悪化に敏感な子供は生き残れないワンドです.しかし,子孫をばらまく「ソース」としての機能があるという意味で二枚貝にとって大事なワンドと言えます.このような,繁殖できるほど二枚貝がたくさんいるワンドは,川がちょっとでも増水するとすぐに水を被るという特徴を持っています.研究者の間では,これを「冠水頻度が高いワンド」などと表現しています.

一方で,親貝はいるけど繁殖できないほど少ない,または,そもそも貝がいないワンドもあります.こうした二枚貝の生息に不向きなワンドの多くは,川がちょっと増水しただけでは冠水せず,1年の中でも数回以下しか冠水しないといった特徴を持っています.川の一部なのに,まるで沼のような存在です.「冠水しない」とは,「川や他のワンドとつながらない」という意味でもあります.そうすると,魚によって貝の子供が運ばれてくるチャンスも少なくなります.これは,冠水しにくいワンドで二枚貝が少ない原因の1つと言えるでしょう.ただし,より重要なことは,冠水しにくいワンドはそもそも環境が悪いということです.泥や枝葉などの有機物が溜まっていて低酸素状態に陥りやすいという特徴があります.これでは,たとえ魚に寄生して運ばれてきたとしても,貝の子供は生き残れないのです.

よく冠水する良いワンドと,あまり冠水しない悪いワンド.これは,川の水面の高さとワンドの高さの差(比高)で決まります.そして,ワンドの高さは,周りに土砂が堆積するほど高まります.土砂が堆積するには時間がかかります.何度も洪水を被るというプロセスが必要だからです.このことから,ワンドは時間が経つほど,すなわち年を取るほど比高が増し,冠水しにくい孤立した状態になり,二枚貝の生息に適さなくなっていくのではないか?との仮説が立ちます.

この1つ目の仮説が正しいとすれば,いくらワンドがたくさんあっても,いずれワンドはダメになり二枚貝もいなくなってしまうのではないかと思います.しかし,現実には,二枚貝は何千,何万年と子孫をつなぎ存続してきました.ではなぜ,ワンドは老化してダメになっていくのに二枚貝は生き続けてきたのでしょうか?

考えられることは,新しいワンドが生まれ,そこが新しい二枚貝の生息場所になるということです.川は水と共に土砂を運び地形を変えます.その地形変化で新しいワンドができることがあります.しかも,できたばかりのワンドは,川の高さにとても近い(比高が小さい)ため,よく冠水する良い環境になりそうです.これなら,魚に寄生して連れてこられた二枚貝の子供も定着できそうではありませんか.そうなると,年老いてダメになるワンドがあっても,新しくできたフレッシュなワンドが二枚貝の新たな棲み家となり,二枚貝は集団を維持できるはずです.これが,とても重要な2つ目の仮説であり,木曽川における二枚貝存続プロセスの仮説です!

仮説の図:ワンドの高齢化と二枚貝の生息量(実線)・殻サイズ(破線)の関係

現存するワンド53個について,過去の空中写真を遡って年齢を査定したところ6~36歳でした.そして,それらのワンドを詳しく調べたところ,予想した通り,高齢なワンドほど川からの比高が大きくて冠水しにくくなっており,二枚貝の個体数や生息可能性も低下していたのです.

ワンドは高齢化とともに,二枚貝生息環境としての機能も失っていくことが分かりました.

このことは,48個のワンドにおける10年越しのモニタリングからも明らかでした.2007年と2018年に同じ48箇所のワンドで二枚貝の個体数を調べ比較したところ,二枚貝が減少したワンドは18個(土砂で埋まって消滅したワンドも2個含む),逆に二枚貝が増えたワンドは2個だけでした.残りの28個のワンドでは2007年も2018年も二枚貝はいませんでした.これらの結果は,ワンドが年を取ると親貝は減っていくこと,加えて,稚貝の新たな定着もほぼ望めないことを示していました.これは,既存のワンドがただ存在するだけでは,二枚貝の集団はジリ貧に陥っていくということを物語るショッキングな結果でもありました.

上述の10年変化の検討で二枚貝が「減ったワンド(18個)」,「増えたワンド(2個)」,そして,ここ10年の間に自然に形成された「新しいワンド(5個)」の3者間で,生息していた二枚貝のサイズを比べてみました.すると,二枚貝が「増えたワンド」と「新しいワンド」では,明らかに小型の貝が多数生息していたのに対し,二枚貝が「減ったワンド」では少数の大型の貝がいるだけだったのです.しかも,新しいワンド5個のすべてには,漏れなく二枚貝が生息していました.

これは,川が自然に作り出した新しいワンドに,これまた自然に魚の助けを借りて二枚貝が定着してくることを示す結果であり,新しいワンドが二枚貝存続の鍵を握っていることを物語っていました.それと同時に,こうした自然のプロセスが,今の木曽川にもまだ残っていたことは,とても感動的で,関係者を勇気づけるものでした.

木曽川下流部(河口から約26~41kmの区間)には約150個のワンドがあり,そのうち4割(約60個)に二枚貝が生息していることを最初に述べました.そして,その大半で時間経過(ワンド年齢が増す)とともに二枚貝が減少していることが,今回の研究で明らかになりました.埋まって消滅するワンドもありました.それに対して,2007~2018年の約10年間で新しくできたワンドは 5つだけでした.新しいワンドには二枚貝の子供が定着してはいるのですが,その増分は減少分を補うにはほど遠い状況です.つまり,今木曽川の二枚貝に起こっていることは少子高齢化であり,かつ,死亡数が出生数を上回るという人口減少(集団の縮小)です.

このままただ黙って見ていれば,将来的に,木曽川の二枚貝ひいては二枚貝に産卵を依存するイタセンパラもジリ貧となる可能性が高い,厳しい状況です.

本来,川は増水するたびに地形を変化させます.地形の変化は,生物の生息場そのものの変化でもあります.時に地形変化によって棲み場所を奪われますが,新しい棲み場所ができるのもまた地形変化によるものです.増水によって埋まるワンドがある一方で,新しくできるワンドもあったのは,その分かりやすい例です.そして,地形変化によって新しい棲み場所ができることこそ,二枚貝の存続に必要なことだったわけです.

地形変化は,増水によって運ばれてくる土砂量が多いこと,そして,川が土砂を溜めたり削ったりしながら自由に左右に動ける空間があることが大事です.今の川はどうでしょう?上流にはたくさんの大小のダムや堰があり,岸がえぐられないように護岸もされています.これは,下流に流れてくる土砂の量を極端に減らす原因となっています.また,川の両岸には護岸に加えて堤防も築かれています.これによって,川は自由に動ける空間を失い,大変窮屈な水路のようになっています.このような状況では,川のダイナミックな地形変化は起こりにくく,新しいワンドもできにくくなっているのです.

代わりに進んでいる変化は何かというと,川と陸地の二極化,それに伴う陸地の固定化・樹林化です.その中で,既存のワンドも樹林に囲まれひっそりと,しかし着実に高齢化しています.川が動いて変化し,新たな棲み場所を作り出すという自然のダイナミズムは,現在既に大きく損なわれています.

「動かなくなった川で,動く川に適応してきた生き物を保全する」ということは,大変大きな矛盾を抱えています.これを可能とする保全戦略として,本論文では循環的氾濫原再生(CFR: Cyclic Floodplain Rejuvenation)を提案しました.

この言葉はもともと,オランダの研究者からリリースされたものです.彼らは,大河川下流部に広がる湿地と多様な湿地性植物の保全を目的とし,河畔域が陸地化・樹林化してきたら,一定面積を伐木・掘削して湿地に戻す,これを繰り返せばいい,と提案しました.川が二極化・樹林化するモードはすぐには変えられないため,それを織り込んだ保全戦略を提唱したわけです.そして,この保全戦略は,川の氾濫防止すなわち治水整備とも調和的であり,環境と治水を両立可能であると説明し,具体な掘削回帰年・面積(何年に1度どれくらい掘削するか)も提示したのです.

我々はこれを,ワンドと二枚貝(イタセンパラ)の保全に応用可能だと提案しました.陸地に土砂が溜まってワンドの比高が増し二枚貝も棲めなくなってきたら,伐木・掘削によって面的に比高を下げ,ワンドの形成を促す.いずれまた土砂がたまってワンド環境は悪化するが,その頃また伐木・掘削をして再生を図ります.ワンドの若返り(Rejuvenation)を図るのです(上述の「仮説の図」参照).

掘削すればワンドができるのか?と思うかもしれませんが,掘削の高さなどを工夫することで,その後の増水によって自然にワンドができる(ワンドのもとになる微地形ができる)ことを,揖斐川における過去の掘削事例で確認しています.そこで,木曽川や他の川でも応用可能だと考えました.※ただし,川の勾配,流況,流送土砂等の特性を考慮する必要あり.

掘削にあたっては,河道全体を一気にやるよりも,ある程度まとまった面積で,年別にやることが良いでしょう.ちょうど,伐採適齢期の林分を時間的に分散させる森林管理の考え方に似ています.掘削を年別にやる目的は,多様なワンド環境がいつも存在するようにして,様々な生き物が生息できるようにするためです.二枚貝は比高が小さくよく冠水するワンドを好みますが,トンボであれば時々冠水するワンドを好み,カエルにいたっては滅多に冠水しないワンドの方が好きです(産卵に適している).ですから,異なる年齢のワンドが混在している状況が,様々な生き物にとって有益なわけです.年別に徐々に掘削することでワンドの齢構成・環境を多様に保ち,生物の多様性も向上させることが期待できますコチラの「ワンドの連結性と生物」も参照!).