Habitat use and growth strategies of amphidromous fish “ayu” throughout a river system
長良川流域におけるアユの生息場利用と成長の戦略
Scientific Reports 15: 18695 (2025)
by Nagayama S (永山滋也), Ohta T (太田民久), Fujii R (藤井亮吏), Harada M (原田守啓), Iizuka T (飯塚毅)


長良川の産卵場に集結するアユ親魚が流域のどこで成長したのか,そして,その生息場利用が孵化のタイミングによって決まることを突き止めました!
漁業・釣りの対象として,また翌年の野生アユ集団にとって極めて重要な秋のアユ親魚―いわゆる「落ちアユ」.この親魚たちは,秋の産卵期になると下流の産卵場を目指して,広い流域のどこからともなく川を下って集まってきます.古来より知られたこのアユの習性.しかし,彼らが流域のどこから,どれくらいやってくるのか,これまで誰も知ることはできませんでした.
この論文では,長良川漁師の協力で採捕したアユの耳石を分析し,産卵集団の87%(116/133)は天然遡上由来であり,そのうち約34%は本川上流域(吉田川合流より上流),50%が本川中流域(美並,美濃,関,岐阜),約16%が中流支川(板取川 and/or 津保川)で成長した個体であることを明らかにしました.さらに,その生息場利用(どこで成長したか)のパターンが孵化のタイミングに関係していることを突き止めました!
以下,詳しく解説していきます.
アユの生活史
まず,アユの生活史を簡単に振り返ります.
アユは秋に生まれ,翌年の秋に産卵して一生を終える年魚です.卵は水温20℃の条件下で約2週間で孵化.孵化した仔魚は,ただちに海に向かって下ります.「下る」というより「流され」ます.お腹の卵黄がなくならないうちに,餌(動物プランクトン)の豊富な海または汽水域に到達しなければなりません.さもないと餓死します.海に下りた仔稚魚の主な生息場は「波打ち際」です.少し沖にでることもありますが,岸から2㎞以内に限定されるようです.翌春,川の水温が10℃程度になる頃,川への遡上が始まります.厳密な母川回帰はありません.遡上を遮るものさえなければ,かなり上流まで遡上する個体もいます.長良川では,少なくとも海から140㎞以上遡上する個体がいます.遡上して流域各所に散らばったアユたちは,夏の間,藻類を食べて急速に成長します.有名な「なわばり行動」をする時期です.なわばりを作らない「群れアユ」もいます.それはそれで,成長するための戦略です.秋が深まると,産卵のために川を下り始めます.目指すは,瀬に小砂利がある中下流域です.長良川では海から40~50㎞ほどの距離にあたる扇状地が主な産卵場です.何度か産卵を繰り返し,絶命します.
さて,見事に1年を生き抜き,ついに産卵場に集結してきた選ばれしアユたち.以下,彼らの成長の地を探っていきます.
謎を解く鍵は「耳石のストロンチウム同位体比」
魚の頭の中の内耳には「耳石」があります.耳石の主成分は炭酸カルシウムで、魚のバランス感覚や聴覚に関与しています。成長とともに大きくなり、年輪のような層(成長輪)を形成するので、魚の日齢や年齢の推定に利用されます。耳石の有用性はそれだけではありません.成長時に耳石に取り込まれる微量元素は、その時の周囲の水環境を反映するため、魚の回遊履歴の推定にも使えるのです.有名なのは,ストロンチウムとカルシウムの比(Sr/Ca)を使った分析です.淡水よりも海水に含まれるSrが多いため,耳石の中心(核)から外側に向けて分析することで,淡水と海水の回遊履歴が分かります.これまでアユでは,海洋生活を経験した天然遡上由来なのか否かの判断によく使われてきました.
本論で着目するのはストロンチウム同位体比(87Sr/86Sr)です.86Srは安定な非放射性起源同位体なのですが,87Srは放射性同位体87Rb(ルビジウム)の壊変によって生成されるので、地質の生成年代や岩石の種類によって特徴的な値を示します.よって,1つの流域内に異なる地質が分布している場合,河川水中の87Sr/86Srも場所によって異なることになります.これを利用して,Sr/Caではできなかった,流域内の回遊履歴を探るのです.もちろん,海洋生活の履歴も87Sr/86Srで判定可能です.現在の海水の87Sr/86Srは,特定の場所を除いて全球的に0.70918であることが分かっています.ですから,しばらく海で生活していた魚の耳石には,87Sr/86Sr=0.70918でピタッと安定する期間が含まれることになります.
耳石の87Sr/86Sr分析は,レーザーアブレーションマルチコレクター誘導結合プラズマ質量分析計(LA-MC-ICP-MS)で行いました.普段は,岩石や隕石を分析している最先端の機器です.宇宙地球化学がご専門の東京大学・飯塚毅先生にご協力いただいてます.耳石の中心(核)から外側に向かって少しずつ分析していきます.これで,1日に60個程度の耳石が分析可能です.
長良川の同位体地図(isoscape)

同位体の空間的な分布を示す地図を「同位体地図(isoscape)」と言います.上図は長良川流域における87Sr/86Srの同位体地図です.同位体生態学がご専門の富山大学・太田民久先生らが既に論文発表されていた分析値を使い,本論用にアレンジして描いています.87Sr/86Srの弱点は,地質が均一な流域では有効な指標とならないことです.しかし長良川流域は,上流域一帯が火山岩,中流の支川流域が美濃帯堆積岩で87Sr/86Srは明瞭に異なっていました.さらに,本川の87Sr/86Srは,下流にいくにつれて火山岩起源の水に堆積岩起源の水が徐々に混ざってくるため上流域と支川の中間的な値を示します.そのため,長良川流域では87Sr/86Srは,流域内回遊履歴の有効な指標となり得たのです.この同位体地図と耳石から得られた87Sr/86Srの値を照らし合わせていきます.
ベールを脱ぐ「産卵親魚の起源」
耳石分析に使ったアユは,上の同位体地図にも示した鏡島(Kagashima)で2022年9月17日~12月17日にかけて捕獲した産卵親魚133尾です.鏡島は河口から47.4㎞地点に位置しており,長良川における主要な産卵場の1つです.
耳石の中心(核)から縁辺部にかけた87Sr/86Srのプロファイルから,6つのグループに分けることができました(下図).下図の各グラフの左側は耳石の中心(核),右側が縁辺部です.つまり,左半分はアユの前半生,右半分は後半生となります.

6つのうち5つのグループ(Group 1~5)は,明らかに前半生に海洋生活の記録(Sr同位体比0.70918で一定)を持つ天然遡上由来であり,全体の87%(116/133)を占めました.残りのGroup 6は孵化場由来の放流個体と思われますが,もしかすると仔稚魚期を汽水域で過ごした個体も含まれているかもしれません.今後の検討課題です.いずれにしても,産卵集団に対する天然遡上アユの貢献度の高さが浮き彫りとなる結果でした.長良川では約400万尾のアユを毎年放流しており,年によっては天然遡上数を上回るほどの数です.よって,もっとたくさんの放流アユが産卵に加わっていてもいい気がしますが,そうはならない.これは,過去2回の研究報告とほぼ同様の結果であり,長良川では「いつものこと」のようです.おそらくこの原因は,天然遡上アユより大きめサイズで放流される放流アユが,友釣りによって選択的に除去されていくことが主要因ではないかと考えています.友釣りは,なわばりをもつ強い(大きい)アユを狙う釣りであり,メッカ長良川の釣獲圧はとても大きいからです.
天然遡上由来116尾に着目すると,そのうち39尾・約34%は本川上流域(Group 1:吉田川合流より上流),58尾・50%は本川中流域(Group 2, 3: 美並,美濃,関,岐阜),19尾・約16%が中流支川(Group 4, 5: 板取川 and/or 津保川)で成長した個体であると推定されました.87Sr/86Srの値からは,上流域と中流域ともに本川と区別がつかない支川が1つずつあるのですが,過去の研究や環境収容力の差(生息場のサイズ,エサ量の差)を考えると,どちらも本川由来が大勢を占めると考えるのが妥当です.よって,本川の上流・中流域は産卵集団の主たる生産拠点だと考えられます.ちなみに,中流域のGroup 2と3の違いは,定住したか,ウロウロしたかの違いです.ウロウロしたGroup 3は,後半生のプロファイルが中流のレンジ内で上下しています.中流支川のGroup 4と5もほぼ同様です.Group 4は高い値で一定するので定住,Group 5は一時期本川で成長したあと支川に入ったような階段状のプロファイル,または支川で成長したあと本川に下りたような高い値から下がるプロファイルとなっています.
なお,論文では議論しませんでしたが,放流アユを含むと考えられるGroup 6は,Group 4,5と同様の高い値を示す個体が多いように感じます.支川で放流されたアユが生き残っているのかもしれません.釣獲圧が本川よりは低いであろうことを考慮すると,あながち間違いではないかも.要検討です.
生まれた時期で運命が決まる:生息場争奪戦
耳石のSr同位体分析に加えて日齢査定(輪紋計数)も行いました.捕獲日(死亡日)から日齢を引き算すれば,推定孵化日が得られます.また,87Sr/86Srのプロファイルが海の値から外れて上昇するポイントは,河川遡上を始めたサインですので,およその河川遡上日も推定できます.事前にアユの体サイズも測っておきました.
これらを,本川上流タイプ(Group 1),本川中流タイプ(Group 2,3),支川タイプ(Group 4,5)の3タイプ間で比較したところ,面白いことが見えてきました.支川タイプは,他の2タイプに比べて孵化日が遅く,河川遡上開始日も遅い傾向でした.さらに,支川タイプは本川中流タイプよりも体サイズが小さかったのです.さて,これは何を意味するのでしょうか?
私の解釈はこうです.
まず,早生まれアユは,早く川にのぼりはじめ,その時点で体サイズが大きいことはよく知られたアユの生態です(遅生まれは,その逆です).すると,早生まれの大きいアユたちが,いち早く本川にやってきて,いいエサ場を優先的に利用します.彼らは,藻類を食べて日々成長します.その後,ノコノコと遅生まれのちびっ子たちがやってきます.その時間差は最大で3カ月ほどにもなります.川に上り始めた時点で,そもそも小さい遅生まれアユです.本川で先に大きく成長している早生まれ・早のぼりアユに,なわばり争いで勝てるわけがありません.残された成長戦略は2つ.群れアユとして本川で生き続けるか,もしくは別の場所,すなわち支川に成長の場を求めるかです.これが,支川タイプには遅生まれ・遅のぼり(孵化日が遅く,河川遡上開始日も遅い)のアユが多くなる理由と考えられます.そして当然の結果として,彼ら彼女らは,もともと大きくて長く本川でなわばりを張って成長した早生まれアユたちのようには大きくなれないわけです.まさに,生まれた時点で,どこでどう生きるのか,運命が決まっているのです.
本研究の示唆①:水系ネットワークの重要性
本論の結果は,長良川におけるアユ産卵集団にとって本川中上流域が極めて重要な生息場となっていることだけでなく,上流や支川を含む水系全体へ自由にアユがのぼっていける水系ネットワークが多様な成長戦略を支えていることを教えてくれます.のぼっていけるということは,それだけで利用可能な生息場が多くなり,多くの個体の成長と産卵親魚の生産を支えることになります.後からのぼってくる小さなアユにも,キャパオーバーで排除されることなく,成長と産卵のチャンスが与えられるのです.日本の川は,これまでに,あまりにも多くの天然遡上アユの成長の場を失いました.野生アユで支えられる漁場,放っておいてもアユが湧く川への最初の一歩は,川の水系ネットワーク・遡上できる連続性の回復です.
本研究の示唆②:資源管理上の留意点
産卵集団の多くが本川由来であったことは,本川における落ちアユ漁(やな漁や瀬張り網漁)の在り方に注意を呼びかけます.長良川では現在,温暖化影響で遅くなってしまった産卵降河期などを踏まえて,落ちアユ漁を含む漁期の見直しが議論されています.本川にはいくつもの漁場があります.少なくとも,現在の産卵降河ピーク期に,本川漁場で降河個体を獲り尽くしてしまうような事態は絶対に避けなければなりません.漁法,漁期,休漁日,漁獲量,漁獲のタイミングなどなど,どこにどのようなルールを設けるべきかは,今後の重要な検討課題です.
また,長良川では近年,アユの時空間動態や移動のトリガーがかなり鮮明に分かってきました(コチラとコチラ).こうした詳細な生態情報は適切な資源管理に必要不可欠である一方,乱獲に陥るリスクも孕みます.効率的な漁業という「アクセル」と,ルールという「ブレーキ」の両方を適切に踏む資源管理技術が,今後強く求められます.