Autumn dispersal and limited success of reproduction of the deepbody bitterling (Acheilognathus longipinnis) in terrestrialized floodplain
河道内氾濫原におけるイタセンパラの秋の分散と限定的な産卵成功
Knowledge & Management of Aquatic Ecosystems 423:4, 2022

By Nagayama S, Oota M, Fujita T, Kitamura J, Minamoto T, Mori S, Kato M, Takeyama N, Takino F, Yonekura R, Yamanaka H

産卵期である秋になるとイタセンパラの移動が活発化!しかし,移動した先のワンド(たまり)の環境が悪く,子孫を残せないケースがたくさんありました(無念...)

人間はたまにお引越しをしますが,川の魚たちはよくお引越しをします.代表的な魚の引越しは「生活史」に沿った引越しです.すなわち,稚魚期,成魚期,産卵期といった,その時々の成長具合やエサ,目的のために棲み家を変えます.引越し―すなわち魚の移動分散は,魚が健全に生活史をまっとうするためにとても重要な習性です.

本研究では,日本の固有種であり,国内3地域にのみ生息するイタセンパラについて,1年という短い一生に沿った移動分散の様子を「環境DNA」を使って追いかけました.その結果,イタセンパラは産卵期である秋に活発に移動・分散したのですが,移動した先のワンド―特に,平水時に孤立している「たまり」―にたどり着いたイタセンパラは,結局子孫を残せていないことが分かりました.これは,子孫をより広範囲に残そうとするイタセンパラの移動習性が徒となり,「無効分散」を増やしている可能性を示す,たいへんショッキングな結果でした.

木曽川の「ワンド・たまり」とイタセンパラ

濃尾平野の中ほど,岐阜県羽島市と愛知県一宮市の境を流れる木曽川は,国内に3箇所しかないイタセンパラの生息地の1つです.この区間の木曽川の幅は広く,川の流れの両脇に「ワンド」や「たまり」といった水域が多数存在しています(写真左).水域の一部が常に川と接続しているのが「ワンド」.普段は川から孤立しており,増水したときだけ川と接続するのが「たまり」です.ワンドもたまりも,普段は沼のように流れのない状態であり,多種多様な魚,二枚貝,カメ,水生昆虫,水草などの大事な生育場となっています.ちなみに,川が大増水するとワンドもたまりも流れの中…単なる一筋の川となります.

木曽川では,イタセンパラもワンドとたまりで暮らしています.イタセンパラは淡水二枚貝(イシガイ科二枚貝類)の体内に産卵することで有名ですが,ワンドやたまりにはこの二枚貝も生息しています.つまり,ワンドとたまりはイタセンパラの再生産(産卵~稚魚の誕生)も営まれる大変重要な環境です.

秋の産卵期,増水に乗じて分散するイタセンパラ

イタセンパラの産卵は秋ですが,産み付けられた卵はそのまま二枚貝の体内でひと冬過ごし,翌春に貝から稚魚が泳ぎ出てきます.そして,秋の産卵までのわずか半年の間に,イタセンパラは一気に成長,成熟して産卵し,短い一生を終えます.

5~10月(春の稚魚期~秋の産卵期),2個のワンドと12個のたまりにおいて毎月1回,環境DNAの調査を行いました.すると,夏には数か所のワンド・たまりにしかいなかったイタセンパラが,秋(9~10月)になるとあちこちに出現することが分かりました.イタセンパラがたまりに分散するには,川が増水して,たまりと川やワンドが接続しなければなりません.夏にも十分に移動可能な増水はあったのですがイタセンパラは分散しませんでした.ところが,秋には増水に乗じてあちこちのたまりに分散したというわけです.

秋に分散した「たまり」で,翌春,稚魚が現れない…

翌春,同じ14箇所のワンド・たまりでイタセンパラの稚魚調査を行いました.すると,秋にイタセンパラの成魚(親魚)が分散していたたまりのすべてで,稚魚を確認することはできませんでした.つまり,たまりでの再生産はすべて失敗に終わっていたということです.理由としては,そもそも二枚貝がいない(あるいは少なすぎる),産卵はされたが孵化しなかった,といったことが考えられます.いずれも,産卵に不可欠な二枚貝の生息にとって,そもそもたまりの環境が悪かったことが原因のようでした.

一方で,二枚貝の生息が多数確認されている2つのワンドでは,イタセンパラの稚魚が見つかり,再生産が成功していました.

現在の木曽川の環境では,産卵期の移動習性が徒となる

湿地などもある低平地の河川ー氾濫原にもともと暮らす生物が,産卵期になると川の増水にあわせて分散することはよく知られています.これは,あちこちに分散して産卵することで再生産の成功率を保ち,同時に分布域を常に最大化する生存戦略です.秋の産卵期に見せたイタセンパラの分散も,これと同じ理由だと考えられます.広大な湿地に,多数の沼や水路が存在する原生的な氾濫原であれば,なるほどこの生存戦略はうまくはまりそうです.

ところが,現在の木曽川は昔と違います.現在の木曽川は堤防に挟まれた空間に限定されており,そこには広大な湿地はなく,狭い河畔域とワンド・たまりが存在しています.ワンド・たまりの数は実は150箇所ほどもあるのですが,そのうち110箇所ほどはたまりです.そして,多くのたまりでは二枚貝が生息できない環境となっており,近年その傾向に拍車がかかっています

つまり,イタセンパラは習性として備わっている生存戦略として秋の増水に乗じて移動分散するのですが,移動した先には産卵環境の悪いたまりが待ち構えており,そこにはまると再生産は失敗,無駄死に(無効分散)となるのです.

二枚貝の保全なくしてイタセンパラの保全なし

木曽川のたまりにおける二枚貝の生息量が徐々に減少していることは,別の検討で分かっています.たまりが孤立化しすぎて,泥や有機物が溜まり,まさしく「沼」のような環境になってきていることが原因です.川底が下がっている反面,河畔の土砂堆積が進行しているために,こうした孤立化が進みます.この川の地形変化は,現在の木曽川の抗えないトレンドであり,何もしなければ二枚貝もイタセンパラもジリ貧になると予想されます.

イタセンパラの「無駄死に(無効分散)」を減らし存続を確かなものにするには,少なくとも二枚貝の存続を確かなものにしなければなりません.老齢な二枚貝がいるだけではダメです.大事なことは,二枚貝の再生産が成功するワンド・たまりが必要だということです.そうしたワンド・たまりを保全すべく,これまで国土交通省が事業として様々な手を打っており,我々研究者も協力してきました.その甲斐あって,今なお木曽川でイタセンパラの自然再生産が見られますが,決して予断を許さぬ状況です