Basin-scale spatiotemporal distribution of ayu Plecoglossus altivelis and its relationship with water temperature from summer growth to autumn spawning periods
長良川流域における夏の成長期から秋の産卵期にかけたアユの時空間分布と水温との関係
Landscape and Ecological Engineering 19:21–31. 2023

by Nagayama S, Sueyoshi M, Fujii R, Harada M

アユが川で最も躍動する夏から秋の産卵まで,長良川流域をダイナミックに動くアユの姿を,水温との関係でとらえました!

意外と知られてませんが,アユは冬の間,海または河口域で暮らしています.長良川では,4~5月に川の上流へ向かうアユの遡上がピークとなり,その遡上距離はゆうに120㎞を超えます.アユがかなり上流まで遡上し,秋には川を下って岐阜市あたり(海から40~50km)で産卵することは,漁師や釣り師の間では常識であり,一般にもよく知られたことでした.しかし,そこにはもっと繊細かつ大胆に川を駆けめぐるアユの姿があったのです.近年発展の目覚ましい環境DNA技術を用いてアユの時空間動態に迫りました.

①真夏には,高水温(日平均26℃以上)となる下流域を避けて水の冷たい支流や上流域に移動する.

「アユの土用隠れ」をご存じでしょうか?7月下旬から8月上旬にかけた夏の土用の頃,アユは熱くなった川の水を避けて,冷たい水が湧き出る深い淵の底に入り込んでしまうという現象です.漁師からすれば,アユが淵に隠れたまま漁場となる瀬に出てこないので,これを「土用隠れ」と言ったわけです.土用隠れは,水温が高くなりやすい本川下流域でよく起きていました.

しかし,昨今の土用隠れはどうも様子が変でした.漁師曰く,「暑い間ずっとアユが獲れない(少ない)」.実は今,アユはその近辺の淵に逃げ込んているのではなく,どうやら多くのアユが下流域の区間そのものから姿を消しているようだということが分かったのです.そして,高水温を避けたアユは水が冷たい支川やその本川との合流点付近,また上流域に分布したのです.近隣の淵に逃げているのではなく,遠くの区間に逃避行...いわば「スーパー土用隠れ」とでも言うべき状態でした.

日平均の水温26℃とは,日中にはザッと28℃くらいになる水温です.実際に,1時間おきに自動計測している水温データを見ると,長良川の下流域では30℃を超える日も出てきます.こんなところにアユがいたら,もうヘロヘロです.

②涼しくなった9~10月には,餌の豊富な本川全体(約100㎞)に見事な縦列分布をなす.

9月に入るとだいぶ涼しくなり,アユは水温の呪縛から解き放たれます.すると,アユは自由に良いエサ場を求めて動き回ります.良いエサ場であってもアユの数が多くなりすぎると逆にエサを食べにくくなるので,他の良いエサ場へアユは移動していきます.そうして,アユの分布は比較的良好なエサ場に広がっていくと予想されます.その結果,アユの分布は,本川の広範にわたる見事な縦列分布をなしたと考えられます.すなわち,長良川本川全体が良好なアユの成長の場であると言えるでしょう.今でも30㎝オーバーのアユを産する長良川,さすがです!

③日平均水温が明確に20℃を下回る10月下旬以降,産卵のため下流域に集中分布する.これが1950年代よりも約1ヵ月遅れている.

産卵のための移動(産卵降下)が水温20℃を明確に下回ってから起きたことは,特に驚くことではありません.注目すべきは,産卵降下が1950年代よりも約1ヵ月遅れているということです.落ちアユ漁をしている漁師は口々に「アユがなかなか下りてこない.産卵が遅くなってる」と言います.それが今回,はっきり示されました.そして,その理由の1つとして「水温の低下の遅れ」が疑われました.すなわち,産卵降下のスイッチになるであろう「水温20℃以下になる時期」が遅れてきているということです.ここには,温暖化の影響があるのではないかと見ています.

最後に…

温暖化が進むと川の水温も上がり,アユの分布や移動のタイミングに影響します.たとえば,秋になかなか水温が下がらず,アユの産卵降下と産卵の時期そのものが遅れるでしょう.既に漁師たちが感じている産卵の遅れは,まさにその現れだと推察されます.また,スーパー土用隠れも温暖化が進めばより頻繁に起こる可能性が出てきます.ただし,夏に雨が降れば川の水温が下がり土用隠れが緩和されるはずですので,雨を増やす傾向にある温暖化が必ずしも毎年スーパー土用隠れを引き起こすとは限りません.実際,適度に雨が降った2021年8月は下流域にもアユがずっと分布していました.

温暖化により水温の変動と雨の降り方がどう変わり,アユにどのような影響が及ぶのか.さらに,長良川鵜飼をはじめとしたアユに関わる水産業や観光業は,その変化にどう適応すればよいのか.今後の研究および地域の関係者とともに考えるべき課題です.