Low water temperature and increased discharge trigger downstream spawning migration of ayu Plecoglossus altivelis
低水温と増水がトリガーとなるアユの産卵降河
Fisheries Science, 2023

by Nagayama S, Fujii R, Harada M, Sueyoshi M

落ちアユが産卵のために川を下る「産卵降河」が「低水温+増水」のダブルトリガーによって起こることを,漁師さんらと共に明らかにしました!

『秋,雨が降って気温(水温)が下がるとアユが川を下ってくる』

全国各地のアユ漁師が口々に語るこの経験則を,漁師さん自らが取得した漁獲データと水温データを使って,科学的かつ定量的に裏付けました!ただし,正確に言うと,少しだけ経験則とは異なります.今回分かったことは『秋が深まって,水温(日平均)が約18℃を下回ると,雨による増水のタイミングに合わせてアユが川を下る.約15℃を下回るとさらに活発になる.』ということでした.すなわち,アユの産卵降河が起きるには,まず水温が下がること,そして,そこに雨による増水が起きることが条件でした.つまり,「低水温+増水」という段階的なダブルトリガーが必要だったのです.

落ちアユの大漁予想が外れる原因は高水温にあり!

毎年,9月から落ちアユを狙う瀬張り網漁が解禁されますが,シーズン初期の漁獲はボチボチ.漁師はシーズン初の大漁「Xデー」を待ちわびます.そのため,秋の深まりとともに,天気予報を見ながら「次の雨でアユが下りてくるぞ」などと予想するわけです.しかし,その予想が外れることがしばしばあるそうです.その理由は,まだ川の水温が十分に下がっていないためでしょう.実際,水温がまだ20℃くらいある9月や10月上旬に雨が降って増水しても,アユがさっぱり獲れない(下ってこない)ことが,調査した2020年と2021年の秋にも見られました.まだ温かすぎるのです.

一方で,2020年10月上旬には,まだ水温がやや高めだったのに,雨による増水で一時的に水温が18℃を下回り,アユがたくさん獲れた(下ってきた)こともありました.これは,まさに漁師の口伝通りです!しかし,増水がおさまって水温が上昇すると,またしばらく不漁となりました.このことからも,産卵降河にとって第一に大事なのは水温であることが理解されます.

ベルトコンベアで運ばれるが如き,長良川の落ちアユ

水温が日平均18℃を下回ると,川が増水する度に次々と上流からアユが下ってきました.その様子は,まるで雨で駆動するベルトコンベアに乗ってアユが下流へと運ばれてくるようでした.長良川では,ゆうに120㎞以上の距離を遡上するアユがたくさんいます.一方,長良川におけるアユの主要な産卵場は岐阜市中の海から40~50kmの範囲です.流域の山間部まで深く広くアユが入り込み分布するからこそ,秋の産卵期には,しつこく上流から下流へと落ちアユが繰り返し供給され,産卵が長く続くものと思われます.

温暖化で遅れるアユの産卵降河

本研究の調査年は2020年と2021年です.両年ともに,日平均水温が18℃を下回り,落ちアユの降河行動が活発化したのは,10月中旬以降でした.「昔に比べて,アユがなかなか下ってこなくなった」と語るのはベテラン漁師たちです.

過去の記録を調べてみると,1950年代の長良川の上流(郡上)では,アユの産卵降河は8月中旬にはじまり9月下旬には終わるとあります.それが,今では9月中旬頃から始まり,10月中旬以降に活発化し,11月下旬になっても続きます.すなわち,1950年代にくらべて,アユの産卵降河は少なくとも約1カ月ほど遅れていると言えるでしょう.それは,産卵時期が1カ月ほど遅れているということでもあります.これには,温暖化で秋の水温がなかなか下がらなくなったことが関係していると考えられます.実際,岐阜市中の長良川本川の水温は過去に比べて上昇しています.

漁師とともに温暖化に向き合う

研究に使用した落ちアユや水温のデータは,漁協・漁師さんらの協力を得て取得しました.長良川流域の7つの瀬張り網漁場で,9月から11月まで,毎日の漁獲尾数を記録してもらいました.また,1時間おきに自動で水温を記録する水温データロガーを設置し,データを回収してもらいました.漁師さん自らが科学的データを取得し,それによって,アユの産卵降河生態だけでなく,アユ漁に対する温暖化の影響も明らかになったのです.

温暖化によるアユの行動パターンの変化は,今後,産卵期だけでなく様々な生活ステージに現れることが予想されます(既に現れているはずです).その変化に,漁業をはじめとしたアユに関連する産業はうまく適応していく必要があるでしょう.その方策は,いわゆる「温暖化への適応策」です.今回行った漁師さん協働の調査・研究は,今後,温暖化への適応策をともに考え,参画していただく良い土台作りにもなったのではないかと思います.