7月下旬から8月上旬にかけた夏の土用の頃,漁に出てもアユが獲れなくなることを,アユ漁師たちは「土用隠れ」と呼んできました.獲れない理由は,アユが深い淵から浅い瀬に出てこなくなり,通常の漁法ではアユを捕まえることができなくなるからです.アユは近くの淵にいるのに獲れない.これが経験的に知られてきた「土用隠れ」でした.

ところが,2020年の夏,長良川で観察されたアユの様子は,ちょっと違っていました.普通なら,淵に隠れていても近くにアユはいるので,長良川全体で見ればあちこちにアユは分布しています(左図).しかし,2020年の夏は,そもそも本川の中下流区間全体にアユがいない!と言えるほど少なくなっていたのです(右図赤枠:関連研究はコチラ).これを,私たち研究メンバーは「スーパー土用隠れ」と呼びました.

なぜ,こうした事態が起こるのか?本トピックで詳しく解説していきます.

そもそも土用隠れとは?

土用丑の日は鰻を食べて精をつけよう!江戸時代に平賀源内(1728~1779?)が鰻屋に提案してから定着したというこの習慣は,鰻を食べて夏バテ防止というキャッチフレーズで現代に継承されています.夏の土用(7月下旬~8月上旬)は,梅雨も明けて,日に日に暑さが増し,体も疲れてくる頃合いです.

暑さにバテてるのは人だけではなく,水中で生活するアユも同様です.アユは「なわばり」を作って,他のアユを追い払いつつ,石の表面に生えた藻を食むことで有名です.そのなわばり行動が最も活発になるのは川の水温が20~24℃くらいです.29℃以上では,他のアユを追い払わない,つまりなわばり行動をしなくなります.これは,いわばアユがバテた状態と言えるでしょう.アユが活発に行動するためには,それに適した水温があるということです.

では,夏の土用の頃,川はどうなっているでしょう?先に述べたように,梅雨も明け,日に日に暑さが増しています.そして,ここが大事なのですが,雨が降らない日が続くと,川の水量が減ってきます.いわゆる「渇水」です.渇水すると,なおさら川の水は温まりやすくなります.すなわち,夏の土用の頃というのは,「気温の上昇+渇水」によって川の水温が上昇しやすいのです.そして,アユがバテるほどの高水温に達すると,アユが淵から出てこない「土用隠れ」が起こります

川の水が30℃近くになるなんて,ちょっとイメージしにくいかもしれません.たしかに,山間地を流れる上流の川はここまで熱くはなりません.水温上昇が問題になるのは中下流部です.実際に,渇水した8月の長良川(岐阜市中)では日中の川の水温が30℃を超えることがあります.1日の平均水温にならせば27~28℃といったところです.もはやアユは暑さにヘロヘロです.先に図示した2020年の夏が,そういう年でした.

なぜ淵に隠れるのか?

さて,土用隠れしている間,アユは深い淵の底に群れているようです.おそらく,深い淵の底には伏流水が湧いていて,川の表層に比べて水温が低いためと考えられます.伏流水は,主に淵の上流側にある瀬からもたらされます.よく見ると,淵の上流側の瀬は淵の水面よりも一段高くなっています.この高低差によって,瀬の川底の石の間に川の水が潜り込み伏流水となります.浅い地下水のようなものです.伏流水はゆっくり地中を流れ,その間に冷やされます(地中の温度に近づきます).そして,すぐ下流の淵の底で湧き出すのです.夏の間,淵の底は「高水温からの避難場」になっていると考えられます.

水温が大事なのであれば,隠れる場所は淵でなくてもいいのかもしれません.例えば,本川よりもやや水温が低い支流や,15℃くらいで安定している湧水起源の川との合流点付近も,高水温からの避難場になり得るでしょう.それでも,「土用隠れは淵」と言われるのは,川であればどの川にも当たり前に瀬と淵が存在し,最もアユが利用しやすい避難場であるからでしょう.

瀬淵の異変とスーパー土用隠れ

川は山を削り,削られた土砂は川を流れます.川を流れる土砂は,当然,川底に平らに積もることはありません.溜まる場所,掘れる場所が出てきます.これが,川に浅い瀬と深い淵ができる理由です.だから,山があり雨が降り土砂が流れる日本では,どこの川でも瀬と淵が連続する景観が本来は見られます.

しかし,現代の川はどうでしょうか.もちろん瀬と淵はあります.ですが,同じ川を昔から見続けてきた古老たちは口々に言います.「この頃は淵が浅くなった」と.アユで有名なあちこちの川から同じような声が聞こえてきます.

淵が浅くなった原因は,川を形作る土砂の量や質が変わったことに関係していると考えられます.例えば,ダムの上流にある砂粒以上の土砂・石はもうダムの下流に流れてきません.でも,雨は降って洪水も起こるので,ダム下流の土砂は減っていく一方です.また一昔前は,コンクリートの良質な骨材として川の土砂が大量に持ち出され,利用されました(砂利採取).川は本来,洪水のたびに右に左に暴れるものですが,それを抑えるために護岸もしました.護岸は,川の横から発生する土砂を抑え込むという効果を結果的に発揮しています.さらに最近では,激甚化する水災害への対応として,川の中の土砂を除去して流下断面を確保する河道掘削も盛んに行われています.やってることは,かつての砂利採取と類似してますが,河原や樹林地をことごとく平坦な更地にしていくという特徴があります.

これらの川に対する現代的な人の行為はすべて,川の中を流れる土砂の量や質を変えます.そして,今後しっかり研究すべきことなのですが,土砂の量や質の変化が,川の平坦化を引き起こし,メリハリのない(高低差のない)瀬と淵と,それゆえに浅い淵を生み出していると考えられます.

ここに「スーパー土用隠れ」の原因があります.冷たい伏流水が川底から湧くような深い淵がなくなれば,夏の土用の頃,アユは高水温をどうやって避けたらよいでしょう?そう,今いる場所を捨て,より水温の低い上流区間や支流に逃げていくしかありません.

こうして,「近くの淵から出てこないアユの土用隠れ」は,「アユが遠くに行ってしまうスーパー土用隠れ」に変わりつつあると考えられます.

おわりに

スーパー土用隠れは,毎年起こるわけではありません.8月に度々まとまった雨が降れば,中下流部の水温上昇も抑えられ,土用隠れ自体が起こりません.冒頭の左図がそういう年でした.ただし,温暖化が進み,川も平坦化する中,スーパー土用隠れの頻度が増える可能性はあります.

言うまでもなく,スーパー土用隠れは,中下流部のアユ漁や友釣りに影響を与えます.長良川では伝統の鵜飼いシーズンでもあります.温暖化がある程度避けられない今,せめて,土用隠れできる川の瀬淵構造の保全を考えることが,とても大事でしょう.そのためには,川の土砂を無下に扱わない姿勢が必要となります.