ワンドとは,川沿いに形成された池状の水域である.主に,平野部の川によく見られる.重力に従って常に下流に流れている川の流路に対し,ワンドではほとんど流れもなく,沼や池のようである.カモやカメがプカプカと水面でくつろいでいる.ワンドが沼や池と大きく違う点は,川が増水して水位が上がると濁流の水面下に没し,単なる川の流れの一部になってしまうことだ.多くの場合,水が引いてしまえば,何事もなかったかのように,また穏やかなワンドが顔を出す.だから,沼や池が「止水域」と言われるのに対し,ワンドは「半止水域」とも言われる.以下,ワンドについて詳しく見ていこう.

ワンドは,「湾になったところ」という意味で「湾処」と表記されることが,かつてはしばしばあった(今はあまり漢字で表記しない).しかし,なぜ「ワンド」と呼ばれるようになったのか,実のところよく分かっていない.ただ,日本でワンドという言葉が盛んに使われ出したのは,淀川であることは間違いない.淀川では,絶滅したと思われていたイタセンパラが1970年代に再発見された.その貴重な生息場所がワンドだった.その後,ワンドには多様な水生生物が暮らしていることも分かり,川の生物たちにとって大事な生息環境であると認識されるようになっていった

淀川では,1875年(明治8年)に始まる淀川修繕工事において,安定した航路を確保するために,両岸からたくさんの水制工を突き出して流路を狭める工事が行われた.オランダ人技師によってもたらされた有名なケレップ(水制)である.川は増水すると土砂を運んでくるが,その土砂は次第に水制と水制の間に溜まったり,場所によっては洗堀されたりして,凹状の地形を作り出す.すると,そこに池状の水域,すなわちワンドが誕生した.当初,淀川で認識されたワンドとは,水制由来という半ば人為的な影響によって生じたものであったと思われる.

しかし,今ワンドと言えば,水制とは無関係に自然に形成されたものも含む言葉として定着している.冒頭で述べた通り,ワンドは川沿いに形成された池状の水域全般を指す.

自然に形成されるワンドは砂州の形成と密接に関係している.砂州は土砂が堆積してできた裸地であるが,その下流端部や一段高いテラスとの境にワンドが形成されやすい.また,かつての砂州上に刻まれた水流の跡に由来するワンドもある.砂州があまり洪水に曝されなくなると,砂州には植物が定着し,草→灌木→低木→高木と植生の遷移が進んで林になっていく.こうして河畔林の中に,水流跡の凹地に水が溜まったワンドが安定して存在するようになる(※凹地ゆえに湧水・伏流水で涵養されるワンドもある).木曽川には,これらのパターンで形成されたワンドが多い(冒頭の写真).※植生遷移については,Living Natureのサイトに美しいイラストあり!

ワンドには2つの種類がある1つは平常時でも流路とつながっているワンド,もう1つは平常時は孤立しており増水時にのみ流路とつながるワンドである.その違いから,前者を「連結(型)ワンド」,後者を「孤立(型)ワンド」と呼ぶことがある.あるいは,前者を単に「ワンド」,後者を「たまり」と呼んで区別することも多い.ここで注意したいのは,「ワンド」と言うと,「総称としてのワンド」を意味する場合と,「連結型ワンド」を意味する場合があるということだ.厳密性が問われる場面では,はじめに呼び方を定義して使う必要がある.

"floodplain waterbody"や"floodplain pond"が総称としてのワンドに相当する.ただし,氾濫原(floodplain)という言葉に表れているように,これら英語が包含する概念はより広い.つまり,川が氾濫するエリアにある水域全般を意味しており,川が氾濫すると水浸しになる広大な湿地の中に点在する水域も含まれる.日本語の「ワンド」のイメージには,こうした川からだいぶ離れた湿地内の水域は含まれていない.

連結型と孤立型のワンドは,"connected floodplain waterbody/pond"と"isolated floodplain waterbody/pond"と明確に呼び分ける場合もあるが,単に連結型を"backwater",孤立型を"pond"と表現する場合もある.いずれにしても,日本語と同様,まずは定義して使用することが肝要である.

ちなみに,これまでのところ私は,日本語では「ワンド・たまり」を,英語では「connected FWB・isolated FWB」を使っている.FWBは,Floodplain WaterBodyのこと.

さて,「ワンド(連結型)」と「たまり(孤立型)」に区別できるからといって,環境もそれに応じた2種類だと思ってはいけない.おおかた呼称というものは,人間の都合で付けられただけであり,自然物に明確な境界などない.環境もまたグラデーションのように無数の状態が存在するものだ.

ワンド,特にたまりについては,どれくらいの頻度で水を被る(川と連結する)かによって,環境が強く特徴づけられるたまりが水を被るのは,川が増水したときだ.ただし,増水すればすべてのたまりが水を被るかというとそうではない.たまりがある場所の「高さ」や「周辺の地形」によって,水を被る増水の程度は個々のたまりで異なる.すなわち,年に数回しか川と連結しないたまりもあれば,年に10回以上も川と連結するたまりもあるのだ.

常に川とつながっているワンドの連結性は最大である.そして,ワンドはたまりに比べて,生息する魚が多様であることが知られている.ただし,たまりであっても,ちょっとした増水で頻繁に水を被るほど連結性が高い場合は,ワンドに近い環境になる.冒頭で紹介したイタセンパラや,イタセンパラが産卵に利用する淡水生の二枚貝などは,こうした連結性の高いワンドやたまりに暮らしている

では,連結性の低いたまりは生物にとって価値がないのかというと,そうではない.下の図を見て欲しい.

先に述べた通り,魚や二枚貝(軟体動物)は連結性の高いワンドやたまりにたくさんの種類が現れる.しかし,トンボ(ヤゴ)は時々川とつながる程度のたまりが好きだ.カエル(両生類)にいたっては年に1~3回しか川とつながらないようなたまりが好きで,そんな一見劣悪にも見える水たまりみたいなところで産卵し,オタマジャクシが成長する.すなわち,生物によって好みの生息環境は異なるのだ.そのため,様々な連結性のワンド・たまりがあることで,生物多様性は最大化されると考えられる.

ワンド・たまり(氾濫原水域)の連結性と生物の関係を示すイメージ図(筆者作成).
出典:応用生態工学会テキスト「河道内氾濫原の保全と再生」