講演のために要旨を書く機会はあまりないのですが,研究発表要旨とは違って,今の自分の思想もあらわれるものだな,と感じたのでここに保存することにしました.

<講演要旨>

流域一貫で見る川の自然プロセスと生物たち

岐阜大学 地域環境変動適応研究センター 永山 滋也

近年,水系砂防や流域治水など,流域を単位とした河川・土砂管理の必要性が一層注目されている.一方,河川生態学の分野では,流程に沿った固有かつ繋がり合う生態系が存在し,生物によってはその生活史の中で流域全体を利用することは以前からよく知られてきた.これは,河川生態系の管理においても,流域を単位とした視点が極めて重要であることを物語っている.

そもそも,河川管理,土砂管理とは,生物が生きていく上で基盤となる生息環境そのものを直接的,間接的に改変する行為である.それゆえ,防災減災を第一義とする河川管理・土砂管理であっても,それは生態系管理と本来不可分であり,一体として考えるべきものである.

1.土砂を介した山と川の関係

かつては山で治めるべき対象として捉えられた土砂について,その背景と対策を簡単に振り返り,その効果と,効果が及ぼした河川景観への影響についてその実態を解説する.具体には,江戸期から昭和初期にかけた山地荒廃が河川にもたらした「土砂供給過多の影響」と,その対策や他の事業の進行に伴い生じた「土砂供給過少の影響」,そして,それらと河川景観との関わりを解説する.

2.生物にとってレガシーたる土砂

 山から生産・供給される土砂と,河川における生物生息環境および生物多様性との関係,ならびにその現状を具体的に解説する.土砂は川に供給されてから海に至るまでに長い時間を要する(粒径による差はある).その長い旅の道中,ずっと生物の生息基盤として機能を発揮する.すなわち生物は,過去に生産・供給された土砂というレガシーに依存して生きている.土砂を失ったツルツルの川(岩盤や粘土層の露出した川)の環境の貧弱さと,失ったレガシーの大きさ,また治水的には好都合と見過ごされる一方で現場によっては問題ともされる状況も例示しつつ,生態学的に重要な「レガシーたる土砂」について解説する.

3.流域を生きる象徴「アユ」

 近年,長良川のアユを対象に行ってきたアユの時空間動態の研究成果をベースにして,アユがいかに流域環境に支えられて生きている生物であるか解説し,流域一貫で川を理解し管理する重要性を示す.

アユは,遮るものさえなければ,一生のうちで海から山間地の川まで利用する.アユが育つためには良い餌場・なわばりを提供する石,産卵するためには砂利が必要である.それらは流域の地質にも関連する.夏の成長期,秋の産卵期など,それぞれの生活史ステージに適した水温帯もある.温暖化の影響とみられる河川水温の上昇によって,アユの分布,移動タイミングなど時空間動態が変化している.一方,山地を起源とする冷たい支流は,本川の過度な水温上昇を緩和する効果が期待される.また,高水温の本川を避けて上流や支流に回避可能な川の連続性・ネットワークも重要である.

以上のようなアユのダイナミックな時空間動態を観察できる川は既に稀になっている.しかし,長良川で観察されるそれは,明瞭に,流域環境に支配され,依存しながら存続する生物の生き様を示していた.温暖化影響については,ある程度温暖化することを前提とし,水産業等の産業や利用を適応させることも重要であり,その萌芽的議論にも触れたい.

4.おわりに

 数十年後の川は,はたして子孫が満足できる川であろうか.江戸時代,森林の搾取的利用はその後の水災害・水利用問題を引き起こし,近代的な数々の河川施設は便利で比較的安全な生活と引き換えに,多くの身近な自然を喪失させた.しかし,その安全性もまた温暖化影響とみられる気象変化に伴い,黄色信号がともっており,どこまでそれを追求できるのか疑問視されるようになった.

国民全体の総意のもと,川は単なる排水路でよいというなら,それもありかもしれない.しかし,そこに良好な社会があるとはどうしても想像できない.流域環境を俯瞰し,治水も利水も環境も総合的に捉えた流域一貫の視点から未来の河川環境を考えることは大事であると思う.