美しい渓流の女王・ヤマメ.北海道では平地の川にもいるけど...

1.絶好の釣りポイントに冬のヤマメはいない

渓流の女王として釣り人を魅了する山女魚(ヤマメ).その美しい姿には,本当に惚れ惚れしてしまう.釣り師ならば,ヤマメを釣り上げるためのポイントについて,いくつも持論を展開できるはず.ところが,釣りをしない季節(つまり冬)や,釣りの対象とならない稚魚が川のどこにいるかと聞かれて,自信をもって説明できる人は少ない

釣りで狙うポイントとは,「比較的温かい時期における幼魚~成魚の採餌場」である.それは,流れに乗ってくる餌が集まりやすいポイントであり,ヤマメは流れに定位(前進も後退もせず留まる)して餌を待っている.しかし,そんな絶好の釣りポイントであっても,真冬になればヤマメの姿はない.冬になると,いったいヤマメはどこに姿を消すのだろうか?

2.「ヤマメ」と「サクラマス」

まず,お名前の説明.ヤマメの学名は「Oncorhynchus masou」,標準和名は「サクラマス」である.慣例的には,生まれてから川でずっと過ごしている個体を「ヤマメ」,一度海に下りて成長したのち川に戻ってきた大型の個体を「サクラマス」と呼び分けている.しかし,学術的にはどちらも「サクラマス」であり,なんら変わりはない.ちなみに論文では,未成熟のヤマメを指して「サクラマス幼魚」とか,成熟したヤマメも含んで「陸封型」や「河川生活型」などと呼ぶことが多い.

3.極寒の北海道:里の川のヤマメ

氷点下は当たり前.あらゆるものが雪で覆われる冬の北海道西部.お里の川の流れだけがぽっかり口をあけている.そんな川でも,激しい降雪やアイスジャム(川を流れる雪の塊)によって岸際から徐々に雪で埋まり,流れが狭まる.そのため,川の流れは夏よりも深く,速い.そして当然,冷たい.調査中の水温は-0.2~2.4℃だった.そんな川に潜水してヤマメを探すが,姿は見当たらない.

目線を変える必要があるのだ.釣り人の目線ではダメだ.ここまで水温が低いと,変温動物であるヤマメの動きは当然鈍くなる.そんな状態で早い流れの中に定位することなどできない.ということは,流れがない場所を探ればいい.

流れがないといっても,何の障害物もないオープンな空間にヤマメはいなかった.そこで,こうした里の川でよく目につく,雪の重みで川の中に植物が倒れ込んだ場所を探ってみる.そうすると,「よくもまあ,こんなところに…」と驚くほどの密度でヤマメが飛び出した.ちなみに,雪の上にのせられたヤマメはほどなく仮死状態に陥る.それでも水中に戻せばまた息を吹き返す.

4.ヤマメの冬の生息場:カバー

水中への植物の倒伏は流れに対する障害物となるため,周辺の流れは緩くなり,その内部の流速に至ってはほぼゼロとなる.こうした自然の障害物は「カバー」と呼ばれており,魚や水生昆虫の重要な生息場としてよく知られている.他には,倒木や流木などもカバーを提供する重要な自然の要素である.

カバーの重要性は,なにも冬に限ったことではない.温かい季節でも,たとえば増水時の激しい流れを避けるため,また鳥などの天敵から身を隠すための「避難場」としてカバーは利用される.想像して欲しい.「プールのような川」と「草や倒木のある川」,どちらに魚はたくさんいるだろうか?当然,草や倒木のある川,なのだ.

冬のヤマメがツルヨシのカバーにうじゃうじゃ入り込んでいたのは,流速がなく(小さく)穏やかであること,そして,身を隠せるので安心だからであろう.ちょうど体の大きさより少し大きな隙間を好んで潜んでいるらしい.いわば,ツルヨシはカプセルホテルのような生息空間を冬のヤマメに提供しているのである.

さあ,冬のヤマメがどこにいるか分かったところで,早速真冬の川にヤマメを観察しに出かけよう!できれば北海道に行こう!
そんな物好きがどこにいるか!!という声が聞こえてきそうだが.